桃のつぶやき 12月号 2015
● 受精するまで植物も大変
1.授粉に向けた準備の数々
花粉には、動物の「精子」に相当する「精細胞」という生殖細胞が含まれており、それが雌しべでつくられる「卵細胞」にたどり着き、合体すると「受精」が成立します。
(ア) 花粉が雄しべの先端の「葯」でつくられる流れです。まず、「葯」の中の細胞が体細胞分裂を繰り返 し、多数の「花粉母細胞」がつくられ、ひとつの「花粉母細胞」は、2度の細胞分裂(減数分裂)によつて「花粉四分子」と呼ばれる4つの未熟な花粉になります。
※ 「体細胞分裂」とは、体を構成する細胞が増える分裂のことで、分裂のよって同じ細胞のコピーがつくられま す。「減数分裂」とは、「生殖細胞」を作るための特殊な細胞分裂のことで、分裂によって細胞の核に含まれる「染色体」の数が半分に減ることから、その名がつけられました。
「花粉四分子」は、さらに体細胞分裂を行い、「栄養細胞(花粉管細胞)」と「雄原細胞」と呼ばれる細胞に分れ、「栄養細胞」が「雄原細胞」を包み込む形で、ひとつの花粉が形づくられます。「雄原細胞」は「栄養細胞」に包まれた状態でもう一度分裂し、ふたつの「精細胞」になります。このように、ひとつの花粉の中に、ひとつの「栄養細胞」とふたつの「精細胞」が含まれるのが、花粉の大きな特徴です。
(イ)雌しべは大きく見ると、「柱頭」・「花柱」・「子房」からなり、基部側の「子房」の中で「卵細胞」がつくられます。もう少し正確にいうと、「子房」は後に「果実」になる部分でその中の「種子」になる「胚珠」で、「卵細胞」がつくられます。
「胚珠」の「胚のう母細胞」が2度の減数分裂によって4個の細胞になり、そのうち3つは退化して消失し、退化せずに残った細胞を「胚のう細胞」と呼びます。
なぜ、4つのうち3つの細胞が退化するのかはナゾですが、動物で「卵細胞」をつくる「卵母細胞」も植物同様、減数分裂ののち、4つのうち3つの細胞が退化してなくなります。「有性生殖」を行う生物が、進化の過程で獲得した手順ということかもしれません。
「胚のう細胞」は、そこから3度の体細胞分裂を行い、8個の核が7つの細胞に分かれます。その結果、「卵細胞」と「中央細胞」がひとつづつ、「助細胞」がふたつ、「反足細胞」が3つつくられます。「中央細胞」には、「極核」と呼ばれる「核」がふたつ含まれます。これら7つの細胞(8個の核)を、総称して「胚のう」と呼びます。
2.花粉はなぜ卵細胞にたどり着くのか
授粉に成功した「花粉」から、雌しべの「胚珠」に向かって「栄養細胞(花粉管細胞)」の一部がするすると管状に伸び、「花粉管」と呼ばれるその管の中を、ふたつの「精細胞」が運ばれていきます。植物の「精細胞」は動物の「精子」とは異なり運動能力をもたない為、「花粉管」を伸ばし、その中で「精細胞」を運ぶ仕組みがつくられたものと考えられています。
このとき、「花粉管」は迷わず胚珠の「卵細胞」にまでたどり着きます。それには何らかの仕組みがあるはずで、この現象を「花粉管ガイダンス」と呼び、それが起こるのは、「胚のう」から「花粉管」を誘引する物質が出されているからだという説が19世紀から唱えられていました。2000年代に入ってようやく、その物質の存在を強く示唆する現象が日本人研究者によって確認されました。
その研究成果から「花粉管ガイダンス」は、大きくふたつの段階に分けられます。
まず、雌しべの「柱頭」から、キリンの首のように長く伸びた「花柱」をへて、「子房」に至るまでの「メカニカルガイダンス」と呼ばれる段階です。ここでは、列車がレールに沿って走るように、雌しべの物理的な構造で、「花粉管」はまっすぐ伸びていきます。
ふたつめが、「花柱」を通過したあとの段階です。「胚のう」から何らかの誘引物質を出し、「花粉管」の進む方向を誘導していることが確認されました。
8つの核をもつ7つの細胞からなる「胚のう」のうち、どの細胞が誘導する物質を出しているか、実験によって確認されました。
細胞をひとつずつレーザーで破壊し,「花粉管ガイダンス」へ与える影響を調べてみると、「卵細胞」の隣にあるふたつの「助細胞」をつぶしたときに、「花粉管ガイダンス」が起こらなくなりました。また、「助細胞」が残っている「胚珠」を植物の体から切り離し、花粉管を伸ばし始めた花粉のそばに置くと、「花粉管」が「助細胞」めがけて伸びていきます。このことから、 「助細胞」が何らかの誘引物質を出し、「花粉管」を誘導している ことがほぼ確実視されるようになりました。
この物質の正体を確認したところ、低分子のタンパク質(ペプチド)であることがわかり、 「LURE」という名がつけられました。その後の研究で、「LURE」は植物の種類ごとに違ったアミノ酸で構成されていることが突き止められ、花粉が異なる植物の雌しべに「授粉」しても、「受精」にまで至らない理由のひとつと考えられています。
ふたつの「精細胞」による「重複受精」については、後日紹介します。
引用文献 嶋田幸久・萱原正嗣 著 「植物の中では何が起こっているのか」
桃のつぶやき 十一月号
●「自家受粉」が望まれない訳―授粉と受精
生物が「性」を獲得するまで、生物は自分の細胞を複製する細胞分裂で増殖していました。子孫にも、基本的にはまったく同じ個体が生まれます。
この「無性生殖」と呼ばれる方法は、環境が不変であればきわめて効率的ですが、環境の変化が起こると、種全体が絶滅してしまうリスクをはらんでいます。そのリスクを避けるために、生物は「性」をつくり、「有性生殖」によって「遺伝的多様性」を高めることにしたと考えられています。
だから、環境の変化に耐えて生き延びた種が、今も地球上で生存を続けていると考えられるのです。
※(ただし、個体レベルで見れば「有性生殖」によって必ずしも子が親より生存可能性が高まると云う訳ではありません)
同じ個体の雄しべの花粉と雌しべの卵は、もちろん同じ遺伝子を持っておりそれを掛け合わせても、子は親と同じ遺伝情報しか持ちえません。
そうした無駄を防ぐため、多くの植物が「自家受粉」を避ける仕組みを備えているのです。
「有性生殖」でオスとメスを掛け合わせ、新たな遺伝情報を持つ子を作るといっても、近い将来(でもないか…)・女性のips細胞から精子を作り、パートナーの女性の卵子と受精することが出来るようになれば、残された男の仕事は……?
嶋田幸久著 「植物の体の中ではなにが起こっているのか」より抜粋
桃のつぶやき 十月号
●近親婚はお断りー授粉と受精
植物の花には通常、雄しべと雌しべが同居しています。それを、「両性花」と呼びます。
同じ花に雄しべと雌しべがあるなら「授粉」は、たやすいと思うかもしれませんが、多くの
種子植物は「自家受粉」を望んでいません。
雄しべの花粉は、別の個体の雌しべと授粉することを望み、雌しべもまた別の個体の花粉が
やってくることを望んでいます。そうでなければ、「有性生殖」する意味がないからです。
※ (有性生殖…オスとメスを掛け合わせ、新たな遺伝情報を持つ子を作ること)
植物は「自家受粉」を避けるために、さまざまな仕組みを発達させてきました。そのひとつ
の方法が、雄しべと雌しべの成熟の時期をずらす「雌雄異熟」です。
それでも、同じ花の花粉が同じ花の雌しべに付着することがあります。その場合は、雌しべ
が柱頭に付着した花粉を識別し、自身と同じ遺伝情報を含むものは拒絶し、異なる遺伝情報を
もつもののみ、受け入れるようになっています。これを「自家不和合性」といいます。
幸い桃の場合は、「自家受粉」を受け入れます。その性質を「自家和合性」といい、繁殖が
容易なこともあって、子宝・子孫繁栄の果物として重宝される一因となっています。
嶋田幸久著「植物の体の中ではなにがおこっているのか」より抜粋
● アブシジン酸
植物生理学者は、長年、種子や芽の休眠は阻害物質が原因ではないかと考え、
多くの休眠芽からその物質を抽出、単離しようと試みてきました。
初期の実験では、植物の抽出液から物質を単離するペーパークロマトグラフィーが
使用され、一群の阻害化合物が同定、その中に、サイカモアカエデ葉から精製された
‘ドーミン‘という物質が含まれていました。(1965年)
その後、‘ドーミン(ドルミン)がワタの実の離層形成を促す‘アブシジンⅡ‘と
同一の物質であることが発見されました。
この物質は離層形成に関連すると考えられ、アブシジン酸(ABA)と改名されま
した。
現在では、離層形成を促すホルモンはエチレンであり、ワタの実の離層形成を誘導
するのはABAがエチレン生成を促進するためであることが解っています。
また、ABAは休眠芽に蓄積し、組織を低温にさらすと含量が減少することから休眠
誘導ホルモンと考えられましたが、その後の研究から、芽のABA含量は必ずしも休眠
の程度と関連している訳ではないとの説がでているようです。
※ アブシジンサン(ABA)は、ジベレリンとは拮抗的に働くが、オーキシンの作用に
は影響しないことがわかっています。
桃のつぶやき 九月号
桃の樹では、もう来春の開花に向けてツボミを作って準備をしています。
桃の花芽分化は七月にはもう始まっています。
桃のツボミでは、がく片、花弁、雄ずい、心皮などが形成されています。そして、
秋には寒さを乗り切るため「越冬芽」という芽にツボミを包み込みます。
「越冬芽」の中には、開花を阻害するアブシジン酸(ABA)という物質が多く含ま
れています。ですから、秋に春の暖かさを与えても開花はしません。
アブシジン酸は、低温 冬の寒さを感じると分解されてなくなるのです。一方、春
暖かくなるとツボミの中にジベレリンという開花を促進する物質の量が増えて来ます。
そして、いっせいに開花するのです。
桃の樹も、春に「ひと花咲かせる」ためには、冬のきびしい寒さを通過しなければ
なりません。
私たち桃栽培者も、九月の初めには来年に向けてのスタートを切ります。
桃のつぶやき 八月号補足
植物は一次代謝(光合成・呼吸・タンパク質合成・養分の合成・分解・輸送)とは別に、
植物体の成長や分化には直接的に機能しているとは考えられない非常に多種多様な
有機化合物を合成しています。これらの物質は二次代謝産物と呼ばれています。
植物の色素は基本的にカロテノイドとフラボノイドの二つに分けらます。
‘カロテノイド‘は黄色・橙色・赤色のテルペノイド化合物であり、フラボノイド
はフェノール性化合物の中で最も大きな一群の物質です。
フラボノイドにはアントシアニン・フラボン・フラボノール・イソフラボンの四つ
のグループがあります。その中で、有色の‘フラボノイド‘として最も広く存在して
いるのがアントシアニンです。
アントシアニンはアントシアニジンという色素に糖さらに有機酸を有した配糖体と
なっており、色調はB環上の水酸基(-OH)の数や結合している有機酸の存在、液胞
内のPH(酸性の液に反応して濃い赤紫色になり、アルカリ性が強くなるにつれて、青
色から緑色、黄色へと変色)など、さまざまな要因によって安易に色が変わるという
性質があるようです。
ポリフェノールの基本構造は正六角形のベンゼン環上に複数の水酸基が結合した化合物
です。 フラボノイドの基本骨格は、(C6-C3-C6)です。
ちなみに、ポリとは多数の~とか多量の~という意味です。
植物にとっては何の機能もしていない代謝系のゴミと考えられていた二次代謝産物の
研究を推し進めたのは、20世紀初頭の有機化学者でした。
彼らは、これらの物質の医薬品、香味料、さらに工業原料としての重要性に気付き、
研究を進めたのです。
フェノール性化合物の生合成には、基本的な経路として、シキミ酸経路があります。
この代謝経路の1ステップを阻害して作られたのが、除草剤として有名なラウンドアップ
(グリフォサート)です。
また、カロテノイドのテルペノイド化合物は、植物を食する昆虫や動物に対して、毒性
もしくは捕食抑止物質となっています。
キク科植物の葉や花に含まれているピレスロイドが殺虫剤の原料、合成ピレスロイドの、
基になっているのです。
すべては、植物の基礎研究から始まったのです。
●2015.4月号
3月28日、あかつきの開花始めです。
昨年より、3日遅れです。
満開は4月1日でした。
開花期間中、二日と晴れの日は続いていません。
今年は、ちょっと心配です。
受精できるのかなぁ。
「早期葉面積確保」と「細胞数の多い充実した幼果」は、桃栽培の第一ステップのかなめです。
下の写真を見てください。
開花時の葉芽の状態です。右は無摘蕾樹の開花時の葉芽の状態です。
花びらの付いたままでも、二~三日で葉芽の姿は大きく変わってきます。
その後の、展葉の速度も違ってきます。
弱剪定栽培では、摘蕾は必須条件です。
私の場合は、短果枝には、一花になるように摘蕾をしています。
吉田賢児さんが、弱剪定栽培を指導されたとき、摘蕾・摘果を上手く普及できなくて、それが原因で全国的に定着しなかったと聞いています。
節間のつまった枝の伸長,短果枝なら展葉十枚で止め葉になるような樹勢、葉肉質の厚い、大きすぎない葉
この時期の、私の、理想とするところです。
ところで、桃の花って、じっくり見たことありますか?
写真では、雄しべの葯から黄色い花粉が出て、雌しべの柱頭も黄色くなっていますが、本当は、人間と同じで雌しべの方が早熟(雌性先熟)なんですよ・・・?
雌しべの方が早く出て、若い黄緑色の柱頭の先を潤ませて待つています。そのころ、雄しべの葯は赤いままで、黄色い花粉が出てくるのは、開花の一番最後なんですよ。
桃は自家和合性で自家受粉するのですけれど、雌しべにしてみれば、自分と同じ花の中にある雄しべとは、受精したくない。
「誰かほかの人、早く来て」と、云っているみたいです。」
そりゃ、F1のほうが、優秀で強いと云ったって、生存競争の本能と云ったって、植物と人間とは違いますよね・・・
人間の夫婦は植物とは、違いますよね・・・?
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